凶悪★★★★〜山田孝之、狂気のきっかけ〜


 傑作。死刑囚のヤクザが、ある告発をした。「自分と凶悪犯罪をしたいた奴がシャバにいる」と。その報を受けた週刊誌の記者は地道な捜査を始め、段々と「凶悪」な狂気に導かれてゆく…。


 その記者は山田孝之なわけだけど、何故、家庭を持つ彼は人生を投げ捨ててまで取材にのめり込んだのか?それは、告発した死刑囚・ピエール瀧の人柄に惹かれたからだ。「死刑延期のために利用してる」と記者に思わせてはいけないのに、極悪さながらにキレてしまう要領の悪さ。元恋人から未だ愛情をかけられている真摯さ。自らブチ切れたくせに、丸くなって怯えてしまう不器用さ。そこに山田は惹かれたのだと思う。 ピエールは先生…リリーに、頭の良さも、悪人としての才も敗けている。しかし周囲の人から温情を得る「人間としての力」だけは優っていたのだ。 だから山田は、人生を投げ打ってまでの調査に乗りで出た。  …とまぁ、これで終わればまだ可愛らしい映画だけれど、"凶悪"に復讐を誓った"凶悪"が、新たな"凶悪"を産む。


 「流石日本映画!」と喝采したくなるほど贅沢だった。タイトルに反し脚本は非常に親切。最近の実在事件を描いてるだけあって「犯罪の可能性は私達にもある」と示してくれるし、老人介護の辛さや、ゴシップを面白がる人間の愚かさも突いてくる。【凶悪犯罪の見方】の教科書みたいな筋だ。
 リリーとピエールが弱者をリンチすしまくる本作。自分が一番恐ろしいと思ったのは「常識から逸脱した凶悪」である彼らではない。その逆で、日本の日常。「死ぬのを待っているだけ」の寝たきり老人。我が国ではありふれた光景を、この映画はホラーチックに映す。最近知ったけれど、フランス(の一部?)では「寝たきり老人」が人権侵害と受け止められるという。なんだかその視点が、身を持って理解できるシークエンスだった。
 どこまでも優等生な作品で、キャスティング含め予想外は無い 。だけれど、その真面目さを構築した上で観客を吹っ飛ばす演出(あの、完全に読めるのに震えるラストシーン!)。「ニッポンの日常」を非常に日本的に、非常にJホラー的に、狂気として見せた技。これらを贅沢と感じた。この監督が好き勝手創作したオリジナルが見たい。

【ネタバレ感想】
 ピエール瀧の心変わり。急に贖罪にハマり出す男。あれって、自分が行なってきた罪悪に直面して気狂いそうになったんだと思う。復讐に奮起してた最初は事件のことをうろ覚えだった。それが、記者との会話で詳細を口に出すことで、突き詰められた。彼はバカだから、最初は五十嵐への殺生しか着目していなかった。殺した人間のなかで、五十嵐しか人間扱いしていなかった。だけど、何の気なしに潰してきた被害者たちも、五十嵐や自分と同じように命がある…。先生にすらも…。この無限ループからの信仰=逃避。元々情に脆いから直面すると狂う。彼の罪は「バカだから」出来た凶悪行動。そして「バカだから」こそ周りに好かれた。リリーは真反対だ。(ここから、冒頭に記したの「山田、狂気の発端」説に戻る)

(池袋シネマ・ロサにて鑑賞。アナログな映画館だけど、何故か椅子が良い。)