キャプテン・フィリップス★★★★〜なぜ漁師は海賊になったのか〜


 ソマリアの漁師が海賊になった原因はアメリカである。…と言うのは誇張しすぎの"嘘"となるけど、米国が加担していたことは事実だ。以下は一説、おまけにWikipediaだけども「こういう話もある」程度に認識した上で『キャプテン・フィリップス』を見ると違った面白さがある。

ソマリア沖の海賊 - Wikipedia
 魚を食べる習慣の少ないソマリア国内ではなく海外への輸出へと回し、外貨獲得の手段としていたが、1991年のバーレ政権崩壊後は内戦と機能しない暫定政府(無政府状態)が要因で魚の輸出が困難となった。さらに、管理のされていないソマリア近海に外国船、特に欧州の船団が侵入して魚の乱獲を行ったため、漁民の生活は一層困窮した。
 1990年代に軍部と欧米の企業が結んだ「沿岸に産業廃棄物の投棄を認める」という内容の条約に基づき、産廃が投棄されるようになる。そのなかに他では処理が難しい放射性物質が多量に含まれていたため、漁師を中心とする地域住民数万人が発病。地域住民の生活を支えていた漁業もできなくなった。この結果、困窮した漁民がやむなく自ら武装して漁場を防衛するようになり、一部が海賊に走ってそれが拡大したものとする分析がある。

 本作冒頭で、トム・ハンクスが息子の就職について語る。「今は何でも早くで大変な時代だ」。この台詞、映画全体を表している。世界一の経済大国・アメリカでも大変なんだから、ソマリアの若者はもっと大変ってこと。奇しくもトム・ハンクスの息子と、トム・ハンクスを襲うソマリア海賊リーダーは同年代。元々漁師だった青年が海賊になった原因は、アメリカ等の先進主要国から搾取及び皺寄せを食らったことが大きい。
 ついでにアメリカは、ソマリアの送金企業バラカートを「アルカイダに加担している」とみなし閉鎖させた。該当企業は潔白だったにも関わらず、ブッシュ政権の圧力により、外国に出稼ぎしてる家族からの送金で生活していた多くのソマリア人が極度の貧困に陥った*1。おまけにイスラム教信者を無差別殺害するソマリア軍閥の「長」にアメリカが資金援助していたことも2006年に明らかとなった*2
 以上のような流れを鑑みると、痩せ細った海賊が巨大なアメリカ戦艦に相対する構図(上記画像)は非常にグロテスクだ。アメリカ合衆国等の経済大国、そしてソマリア軍部による「国と国との取り決め」により、1アメリカ人とソマリア漁師たちが被害にあった悲劇とも言える。

 映画としては、船をダンジョンとした「圧倒的戦力を持つ海賊vs地の利を知り尽くした素人船員」の闘いが面白い。あのままゲームに出来そうなアトラクション性。
【ネタバレ感想】
 後半は米軍が出動し「アメリカ合衆国vsソマリア海賊」の色が濃くなってゆく。本作は「ソマリア海賊出現の理由を描いていないからアメリカ寄りだ」と批判されているが、アメリカ資本で撮られた大作にしては冷静な視点を保ったと感じた。米軍が誇る戦艦の映され方にしても「アメリカが絶大な国力で弱いものいじめをしている」とも取れる感触。『バトル・シップ』終盤のように、戦艦を「偉大な存在」として誇示も出来たはずだ。又、トム・ハンクス演じるフィリップ船長の英雄性又は悲劇性を際立たせたいのならば、ラストは(序盤で小出しにした)家族との再開にするだとか、感動的スピーチをさせるだとか、色々出来たはず。スピーチと言えば一回だけフィリップが反抗したシーンがある。「お前は漁師じゃない」「若いのだから他の道は無いのか」と海賊長・ムセに説くのだ。この説法にムセは「…アメリカならな」と返す。

Captain Richard Phillips: There's got to be something other than being a fisherman or kidnapping people.
Muse: Maybe in America, Irish, maybe in America.

 ムセ自身はアメリカと自国軍部の繋がりなんて知らないだろうが、世界一の経済大国の船長に「他の道で生きろ」なんて平和ボケ説教をされたら「じゃぁ国籍交換しろ」って言いたくなりそうだ。アメリカに生まれていれば、ムセは海賊になんかならなかっただろう。「主人公1回限りの反抗」においても、アメリカ人よりソマリア人が印象を残す。

参考URL(2014年1月8日受信)
Captain Phillips Doesn’t Explain Why Somali Pirates Exist | Dissident Voice
ソマリア沖の海賊は“悪”か? 襲われた貨物船の船長が見たものとは - 日経トレンディネット

(TOHOシネマズ六本木ヒルズにて鑑賞)