愛、アムール。「愛が無ければできないこと」をした人間の軌跡。


 美しい映画。だからと言って、感動作なのか、名作なのか、と聞かれたら、答えることが出来ない。

【ネタバレ感想】
 『愛、アムール』が美しい所存はその構成にある。弟子のコンサートから帰った夫妻は家の鍵が壊れていることに気づく。空き巣(疑惑)への反応がそれぞれ正反対なことが印象深い。「夜が怖い」と「自宅の破壊」を恐れていた妻は病に倒れ、身も心も衰弱してゆく。それからは延々と室内劇である。観客は最初に「外」を見せられたと言うのに、延々に家の「中」を見せられ疲弊する。最初に華やかなピアノコンサートを模擬体験させておいて、そのあと延々家の中の過酷な老々介護を味わせる構造。最後の最後で、観客は約120分ぶりに「外」に出た気になれる。この瞬間の、なんと開放的なことか!やっと、愛しあう二人は家の呪縛から解き放たれ、自由に外に出ることが出来たのだ…。だからこの映画の後味は悪くなく、この作品は美しい。2人はどこへ行くのだろう?夫が言っていた名画が再上映されていたら、一緒に見て涙を流すんだろうか。なにはともあれあの2人なら、どこへ行っても、幸せなデートをするんだろう。

それで終わればまぁいいんですけど。さすがに重すぎるのでその理由を考えてみます。

 まず題名はずばり「愛」。タイトルで作品のテーマを断言しちゃうパターンですね。
 この映画、巷では「ハネケらしくない」と評判なんですが…アプローチが違うだけで相当エグくないすか?こんなモヤモヤするかたちで作者の意思を言い切られちゃうと…あとは「自分にとってこの作品はどのようなものか考えるだけ」になっちゃうじゃないすか!観客が「向き合いたくないもの」をこれでもかと見せつけるドSハネケは健在ではないかと…。
 何故この作品がこんなにも「重い」のか?主人公の行動を「愛」と断言していいのか、だいぶ疑問が残るんですよ。思いついただけでも4つ。
1.(「自宅にいさせてくれ」と頼まれたからと言っても)あそこまで症状が進んだら専門機関への入所が本人の為になる場合もあるのではないか、それを検討する描写が皆無
2.残された娘が可哀想
3.夫から漂う「共依存」的な空気
4.妻を殺した理由が、彼女の尊厳を護る「愛」ゆえなのか、介護疲れ故の「殺人」なのか、はたまた「その両方」なのかわからない

 介護される側の妻が意思を示せないもんだから、なお「わからない」んですよ、色々と。娘は可哀想だけど、夫と妻2人だけは幸福だったのか?それすらわからない。彼の行為が「愛」かはともかく、日々テレビで謳われる「愛」のように「純粋で綺麗なもの」ではないですね。
 ただ、あれほどまでの献身は、共依存だろうと狂気だろうと、相手を愛する気持ちが無ければ絶対に出来ないことでしょう。ホスピスに入れるお金はあるわけだからね。色々考えたけど、それだけでいい気がする。これは「愛」が無ければ絶対にできないことをした人間の物語である。

Bunkamura ル・シネマにて鑑賞)